野川遺跡 (調布市)
2026-04-12


野川遺跡 (調布市)(のがわいせき)は東京都調布市に所在する旧石器時代の代表的な遺跡である。

概要

遺跡は、国分寺崖線に連なる武蔵野段丘と野川を挟み、その西岸側に広がる立川段丘の低位段丘上(崖縁付近)に立地する。周辺の河原から石材を容易に入手できる環境にあり、石器製作の場として利用されていたと考えられている。同名の遺跡は岡山県、熊本県、宮城県、神奈川県など多数がある。

1970年(昭和45年)、野川の改修工事に伴って発掘調査が実施され、同年6月から8月末にかけて本格的な調査が行われた(野川遺跡調査会報告)。その結果、本遺跡では先土器時代に属する10層の文化層(III・IV1・IV2・IV3a・IV3b・IV4・V・VI・VII・VIII層)が確認され、極めて良好な層序が明らかとなった。 各層からは、

など、異なる石器文化の変遷を示す遺物群が検出されている。

このように、明瞭な層序構造・文化層の多さ・遺物量の豊富さを兼ね備える点において、野川遺跡は日本列島の旧石器時代研究における基準となる遺跡の一つと評価されている。

また、IV1層からIV4層にかけて、火熱により赤化した礫の集中(いわゆる礫群・焼礫集積)が検出された。これらの礫について、東京大学の鈴木達郎らによるX線回折分析が行われ、約600℃以上の加熱を受けたことが確認されている。

さらに、多くの礫表面にはタール状の有機物が付着しており、これらが加熱調理や加熱処理(食料加工)に直接使用された可能性が指摘されている。

その後の1988年度調査では、石器集中、礫群の遺構が検出され、ナイフ形石器、細部調整のある剥片、石核、剥片、使用痕のある剥片が出土した。

野川遺跡=礫群研究史における意義

1.問題の所在

旧石器時代遺跡において検出される「礫群(焼礫集積)」は、長らくその性格解釈が定まらない遺構であった。単なる自然集積か、人為的な加熱行為の痕跡か、あるいは炉的施設なのかについて、統一的見解は存在していなかった。特に日本列島では、明確な炉跡(炉穴・焼土面)を欠く場合が多く、礫群の機能解釈は研究史上の重要課題であった。

2.野川遺跡の資料的特質

この問題に対し、東京都調布市の野川遺跡は決定的な資料を提供した。 同遺跡では、先土器時代の複数文化層(特にIV1〜IV4層)から、火熱によって赤化した礫の集中的分布が確認された。これらの礫群は以下の点で従来例と一線を画する。

これにより、礫群が偶発的現象ではなく、一定の行為の反復によって形成されたことが強く示唆された。

3.自然現象説から人為行為説へ

野川遺跡の研究史的意義の第一は、礫群の人為性の実証にある。 東京大学の鈴木達郎らによるX線回折分析は、礫が約600℃以上の高温にさらされたことを明らかにした。これは自然火災や偶発的加熱では説明しにくい温度条件であり、意図的な加熱行為の存在を裏付ける。

さらに、礫表面に付着したタール状有機物の存在は、これらが単なる加熱石ではなく、加熱調理や食料加工に直接用いられた可能性を示すものであった。

この結果、礫群は自然堆積物ではなく、人類の生活行為に伴う遺構として理解される方向が確立した。

4.炉跡概念の再検討

第二の意義は、「炉(hearth)」概念の拡張にある。 従来、炉は焼土や掘り込みを伴う明確な施設として把握されていたが、野川遺跡の礫群はそうした典型的炉構造を欠く。それにもかかわらず、明確な加熱痕と使用痕を示す。


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[旧石器時代]

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