下ヶ戸貝塚(さげとかいづか)は千葉県我孫子市にある縄文時代後期から晩期に至る貝塚が作られた遺跡である。
千葉県我孫子市の中央付近、北に利根川を見下ろす標高18m前後の台地の縁辺に位置する。北方向に開口する半円状の貝塚と竪穴22棟が確認された。貝塚はヤマトシジミを主体とし、縄文時代には利根川に海水が入り、汽水域となっていたことが分かる。 異形台付土器やミニュチュア土器、土偶、耳飾、石剣、石棒、骨角器など当時の多様な祭祀具から高度な精神文化がうかがえる。 チャートや黒曜石など一部のものを除くと、原石や未製品が検出されないため、下ヶ戸貝塚は石器・石製品の産地ではなく、消費地であったと考えられる。
1981年(昭和56年)から2015年(平成27年)にかけて11次の発掘調査が行われた。縄文時代後期の堀之内1式期から晩期安行3c式期にかけての住居跡20軒、同時期と認められる土坑31基が検出された。第6・7次調査では、遺構外から翡翠製の勾玉1点と臼玉1点の成品のほか、臼玉や小玉の未成品あるいは攻玉途中での破損未成品7点が出土した。
縄文時代晩期は気候の寒冷化に伴い遺跡数が減少する。関東地方ではこの傾向が著しいため、我孫子市域でこの時期に集落が確認されるのは、この下ヶ戸貝塚のみである。下ヶ戸貝塚出土品の特徴はこの祭祀や儀礼にかかわる道具や装飾品といった精神文化にかかわる道具類が豊富なことである。
竪穴住居がみつかった宮前遺跡地区からは469点の土製耳飾りが見つかっている。耳飾りは異形台付土器やミニュチュア土器とともに見つかっており、居住空間での使用が想定される。透かし彫りを施したものや中空部分に橋掛状の細工を施したモノは集落内の制作ではなく、外部から移入されたと考えられる。
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