弥生時代に戦乱が起きていたとされる。倭国乱(倭国大乱ともいう)と言われる。国立歴史民俗博物館の副館長の佐原眞教授は弥生時代の石鏃は縄紋時代のものと比べて格段に大きくなり、弓矢が狩猟の道具から人を殺傷する武器に転用されたと指摘した。「縄文時代には(殺傷)専門の武器はなかった。弥生時代は人を殺すための武器が生まれた時代である」(参考文献4)。また高地性集や環濠集落が現れた。これらは弥生時代の戦乱と関連していると見る説がある。
弥生時代の建物
弥生時代の代表的な建築は地面を掘り竪穴式住居と地面に柱を建てて地上に建物をつくる掘立柱建物である。竪穴式住居は主に住居として使われた。掘立柱建物は床をつくる高床式建物と平地式建物とがあるが、主に倉庫として使われたとみられる。祭祀の性格を備えた大規模な建物も作られた。
竪穴式住居は少ない材料で住み易い環境を作るための工夫と考えられる。半地下式にすることにより風を妨いだものと想定される。
参考文献
- 弥生式土器の時代/福岡市博物館
- 板付遺跡/九州大学
- 福岡市博物館「 No.294 弥生時代はいかに始まったか」
- 佐々木高明編(1983)『日本農耕文化の源流―日本文化の原像を求めて』日本放送出版協会
- 石野博信編(2015)『倭国乱とは何か』新泉社
- 藤尾慎一郎(2015)『弥生時代の歴史』講談社
- 安在晧(2009)「松菊里文化成立期の嶺南社会と弥生文化」『弥生文化誕生 弥生時代の考古学2』 同成社
- 藤尾慎一郎(2024)『弥生人はどこから来たのか』吉川弘文館
- 石川日出志(2010)『濃耕社会の成立』岩波書店
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