南堀貝塚(なんぼりかいづか)は神奈川県横浜市都筑区にある縄文時代前期の遺跡である。
縄文時代の横浜市では、縄文海進により海が内陸に入り込み、鶴見川流域は湾口が広くて水深が浅いため干潟が発達し、貝類を採取しやすい環境にあった。鶴見川や早渕川に海が入り、人々は海で貝を採り、貝殻を斜面などに捨てていた。縄文前期の黒浜・諸磯a期の集落が検出された。
和島誠一は縄文時代の採取経済では単純協業と初源的分業、乱獲を防ぐ統制力が必要となるが、住居の均一性と集団墓地から階級分化がまだ見られないとした。南堀貝塚の発掘成果を元に、住居群の配置、出入口の方向、中央の共同広場、共同ゴミ捨て場から縄文時代の集落構造を立体的に復元した。
縄文時代の集落の在り方を調査するため1955年(昭和30年)南堀貝塚が調査された。竪穴住居址、落とし穴、炉穴、縄文土器、石器、貝塚、動物の骨、貯蔵穴などが出土した。
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