八幡塚古墳 (世田谷区)(はちまんづかこふん)は東京都世田谷区尾山台に所在する古墳時代中期末の造出付円墳である。
国分寺崖線上の高台に所在する野毛古墳群のなかの1基である。墳丘長約33m、円丘部径約30m、高さ約4mで、小さな造出がついた造出付円墳である。
1935年(昭和10年)、西岡秀夫が「(西岡)14号墳」として名付けた。1936年(昭和11年)、考古学者の後藤守一が古墳の測量図と写真を報告した。1951年(昭和26年)、大谷��は付近の農家に保管されていた出土品の石製模造品と〓帯金具破片を紹介した。1971年、早稲田大学により墳丘測量調査が行われた。1975年の墳頂部の立会調査では、世田谷区郷土資料館が参加し、泥質凝灰岩製の箱形石棺とみられる遺構が確認された。1995年2月、現地踏査の際に墳丘上に鉄刀が露出していることが確認された。これを受け、同年4月21日から5月10日にかけて埋葬施設の精査と墳丘測量が行われた。八幡塚古墳整理調査会を立ち上げ、2012年9月18日から2013年3月18日の期間で調査報告書を作成した。
1992年(平成4年)の発掘調査で3基の埋葬施設が確認された。そのうち最も北側に位置する北主体部は長さ約3.85m、幅1.25mの箱形木棺である。
八幡塚古墳整理調査会(2013)によれば、棺内からガラス小玉924点(世田谷区公式では899点)、「乳文鏡」が鏡面を上にして出土した。棺外から鉄刀1本、鉄槍1本、鉄鏃1束(約30本)とが出土している。八幡塚古墳整理調査会(2013)では、ガラス小玉は頚部、銅鏡は胸部に置かれていたと判断された。
銅鏡は世田谷区ホームページでは「獣形鏡」となっているが、報告書(八幡塚古墳整理調査会(2013))では「乳文鏡」となっている。写真から判断すると、明らかに同じ鏡と判断される。 出土品は世田谷区宇奈根考古資料室に収蔵されている。
八幡塚古墳整理調査会(2013)では、野毛古墳群の築造順序を「上野毛稲荷塚→野毛大塚→天慶塚→八幡塚→御岳山→狐塚→尾山北原塚」としている。。
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