お亀石古墳(おかめいしこふん)は大阪府富田林市に所在する終末期古墳である。
市内中央部を北流する石川の西岸に南北方向にのびる羽曳野丘陵上標高約97mに位置する。北側にオガンジ池瓦窯跡が2基ある。 南側は谷地形となっており、築造当時は谷沿いに流水が存在した可能性がある。
北・西・東を尾根に囲まれ、南に谷が開く立地であり、風水思想を意識した地形選択の可能性が指摘されている。中世に改変を受けて古墳の形が変わっていましたが、墳丘東側と北東側では古墳築造時の墳丘盛土が古墳の裾部まで残っていた。その裾部が石槨の中心から10.5mの位置にあることから、古墳の東西幅が一辺約21mと推定された。また古墳の裾が直線的に伸びることから、方墳と推定された。
妻面に開口部を設けた横口式石槨の特異な構造である。石棺は刳抜式の横口式家形石棺である。 横口式石槨の周囲には横口式石槨の外周には平瓦を立て並べた護壁状施設が築かれている。用いられた平瓦は、新堂廃寺所用瓦と同笵・同系統で、近接するオガンジ池瓦窯跡で焼成されたものと考えられている。露出している凝灰岩製の家形石棺の蓋に縄掛突起があり、その形が亀に似ていることから「お亀石」と呼ばれる。 横穴式石室から横口式石槨への移行段階を示す古墳として評価されている。
1960年(昭和35年)に発掘調査を行い、石棺周囲に平瓦を立て並べた護壁状施設であった。この瓦は新堂廃寺創建に用いたものである。2002年(平成14年)には墳丘等の発掘調査を行い、従来は径15mの円墳と想定されていたが、実は一辺21mの方墳であり、羨道入口は本来、河原石による閉塞施設で封鎖されていたことが判明した。
歴史的・学術的な意義は、7世紀後半の終末期古墳において、仏教寺院の造営(瓦の生産・使用)と豪族の墓制が直接結びついている実態を具体的に示す稀有な遺跡である。
最大の見どころは、玄室に相当する空間を設けず、家形石棺そのものを埋葬主体とした横口式石槨である。家形石棺をそのまま主体部とした特異な「横口式石槨」の構造である。墳丘に登ると間近に石棺の蓋や突起を観察できる。横穴式石室と異なり、部屋にあたる「玄室」はなく、大型の家形石棺の妻面(正面)に直接開口部(入り口)と羨道を接続している。
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