中東遺跡
2023-08-20


中東遺跡(なかひがしいせき)は埼玉県三芳町にある旧石器時代の遺跡である。

概要

武蔵野台地の北東部、平坦で現在は河川がない標高40mの個所にある中東遺跡から、黒曜石など石器を製作した痕跡が発見された。遺跡は後期旧石器時代である。面積は51000m2である。平成22年度までに5地点を調査し、うち3地点から3300点を超える石器や礫が出土した。6層・7層の火山灰測定では、形態・色調・屈折率の数値から2.8万年から3万年前の南九州姶良カルデラからの噴出物と判断された。5層下部は1.5万年前から1.65万年前の浅間山の噴出物であった。 発掘調査により、当時の人々は約1万6千年もの長い間、何度もこの地を訪れては石器を作ったり狩りをしていたことが判明した。小川が流れ、狩りの対象である獣たちが集まる場所は、暮らすのに最適な土地であった。

調査

1992年以降考古学的調査と地質地形分析により、過去は河川があったことが判明した。埋没した河川の両岸から3300点を超える石器や礫が出土した。黒曜石製ナイフ形石器、掻器や削器が出土した。槍の先端につけ狩猟具とした。

石器の意義

遺構

遺物 旧石器

規模

指定

アクセス

展示

参考文献

  1. 三芳町教育委員会(2016)「中東遺跡 第6地点・第7地点」
  2. 文化庁(2012)「発掘された日本列島 2012」朝日新聞出版
[旧石器時代]

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