さいたま市南1号遺跡(みなみいちごういせき)は縄文時代後期の遺跡である。
大宮台地西側の鴻沼川によって、開かれた舌状台地の西縁辺部にあり標高は15mである。 縄文時代の炉跡1基および土坑34基のほか、縄文時代の土器や石器などの遺構・遺物を検出した。今回の調査では、縄文時代前期から後期にかけての遺物包含層が、特に後期を中心として、2層に渡り漸移的に堆積している。
遺物は縄文時代後期初頭の称名寺式土器が出土した。約4000年前である。そのほか、縄文時代前期後半の諸磯式土器(約6000年前)、中期後半の加曽利E式土器(約5000年前)が出土した。7000年前から6000年前の台地での活動が、低地に移動したと考えられる。
台地から低地への移動は、縄文海進が一段落したことと関係がありそうだ。
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