保美貝塚
2024-10-17


保美貝塚(ほびかいづか)は愛知県田原市にある縄文時代晩期の貝塚である。

概要

渥美の三大貝塚として知られている。三河湾と太平洋に囲まれた地域で、福江湾内部の沖積平野する。渥美半島の福江湾を臨む洪積台地上にある。石器・石鏃が数多く発見されており、弓矢の利用が見られる。 動物遺体の分析により、陸上では主としてシカ、イノシシを食料とし、海ではクロダイ、マダイ、スズキ、サメを捕獲していた。渥美半島は列島で有数の貝輪生産地であり、海岸に打ち上がるベンケイガイ、サトウガイを素材として、貝輪を製作していた。他地域との交易では重要な特産物であった。

調査

1903年(明治36年)に大野延太郎が、初めて学会に報告し、その後数多くの考古学者が発掘して有名になった。出土した遺物・縄文人骨は、黎明期の日本の考古 学・人類学の発展に大きく貢献した。近年の調査により東海地方初めての環状木柱列の発見、国 立歴史民俗博物館研究チーム調査による盤状集骨葬例の発見があった。縄文犬の骨が出土している。環状木柱列はそれまで縄文時代晩期の北陸地方で出土していた。円形にに巨木柱を配置した縄文時代の祭祀施設らしい遺構である。盤状集骨葬は三河湾周辺の縄文時代の貝塚で多く見つかる埋葬の状態である。

盤状集骨

水嶋崇一郎(2004)らは盤状集積人骨群の全標本について再鑑定を行ない、最小個体数,部位構成,年齢構成を求めた。また両盤状集積で最も多く保存されている大腿骨を用いて性構成を推定した。大腿骨骨幹中央部の断面積が性別判定の有力な指標となり得ることが判明した。1号集積に14個体以上(成人男性4体,成人女性6体,成人性別不明1体,幼若年3体),B集積には6個体以上(成人男性3体,成人女性2体,幼若年1体)の人骨が含まれていた。意図的な再発掘と再葬が行われていた。

遺構

遺物

指定

アクセス

*参考文献
  1. 株式会社二友組(2011)『保美貝塚発掘調査概要報告書』社会福祉法人福寿園
  2. 田原市教育委員会(2017)『田原市埋蔵文化財調査報告書11:保美貝塚』田原市教育委員会
  3. 水嶋崇一郎(2004)『保美貝塚 (縄文時代晩期) の盤状集積人骨―骨構成と形態特徴の視点から―』Antropogical Science (Japanese Series)112 (2),pp.113-125
  4. 文化庁(2018)『発掘された日本列島 2018』共同通信社
[縄文時代]

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット