西浦遺跡(愛知)(にしうらいせき)は愛知県豊橋市にある弥生時代から中世までの複合遺跡である。
昭和40 年に農地構造改善工事の際に木下克己によって発見された遺跡である。 石巻小学校裏の洪積台地の端部にある標高30mの遺跡である。弥生時代中期から竪穴建物を中心とした集落が展開し、以後は断続的に集落が継続した。古墳時代後期から掘立柱建物も伴うようになり、鎌倉時代では掘立柱建物が主体となった。平安時代から区画溝が認められるようになり、江戸時代後期以降には井戸が開削された。
昭和40年に西浦遺跡跡の発掘調査が行われ、この地方の縄文晩期末の条痕文や突帯文の土器に混じって一点の遠賀川式土器の壺が発見された。これは縄文文化と新来の弥生文化との接触を証明するものであった。平成18年7月から平成19年3月に愛知県埋蔵文化財センターが調査した。竪穴建物跡は113基が検出され、1辺3mから7mの方形であった。西浦遺跡で最初に集落が営まれたのは弥生時代中期(古井式期から山中式期前半)であると判明した。
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