垂柳遺跡(たれやなぎいせき)は東北地方の青森県稲中田村にある弥生時代の遺跡である。
岩木川支流の平川と浅瀬石川の間の津軽平野南東部に位置する。 1981年(昭和56年)に東方地方で弥生時代の水田が656枚みつかって有名となった。水田跡、畦道、水路、土器、石器、米などが見つかっている。遺物は「田舎館埋蔵文化財センター」で保管・展示されている。
1981年10月の調査で6層に稲のプラントオパールが高密度で検出され、水田跡が埋蔵されている可能性が指摘された。水田跡で検出された田は656枚、総水田面積3967m2である。水田はほぼ方形であり、最大22.4m2、最小1.1m2、平均7.8m2であった。規模の小さな水路が作られている。弥生時代中期には水田稲作が行われていたことが証明された。100年以上稲作が行われた地点もあった。 1995年(平成7年)5月9日から7月12日まで調査した。Y層上部から大量の弥生時代んの土器、石器が検出された。水路跡から南御山U式の完形土器、赤彩の高坏、田舎館式の台坏鉢が出土した。ほか鋤の未製品、石斧柄の未製品、杭状木製品、板状木製品、琥珀製臼玉、有孔石製品、樹皮、炭化米、植物種子、漆塗りの盾状木製品、手網状木製品が出土した。漆塗りの盾状木製品は類例が少なく、赤と黒で鋸歯状の文様が描かれる。
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