瓜破遺跡
2023-06-08


瓜破遺跡(うりわりいせき)は大阪市平野区にある弥生時代の遺跡である。 「瓜割遺跡」とも書く。

概要

大和川の川床を中心とする標高7〜10メートルの低い丘陵の末端に位置し、弥生時代前期から後期に及ぶ土器や石器が出土した。前期から後期にわたる土器をはじめ、石器、木器、銅鏃などが出土している。また、中国の王莽時代(紀元8〜22年)の貨泉(銅貨)が出土した。、中国文化の影響があることを物語るものである。 弥生前期の土器は瓜破式と名付けられ、畿内第一様式に該当する。

調査

昭和14年瓜破霊園を建設する際、谷池北部で弥生尖底土器を発掘したのを始めとして、墓地全体から多数の弥生土器が出土した。 1952年(昭和27年)に日本考古学協会による発掘調査が行われ、 瓜破遺跡は大阪だけでなく全国にも名の知られた弥生時代の代表的な遺跡となった。弥生時代前期でも新しい段階の土器がまとまって出土し、 遺跡の名前をとって「瓜破式」と命名された。 大和川南岸でも1994年(平成6年)以後、数次の調査で弥生時代中期前半の集落跡が検出され、 その全体像はしだいに明らかになっている。弥生時代前期末頃の集落の一部が環濠の可能性のある大溝を伴う状況で明らかになっている。

遺構

遺物

京都国立博物館・関西大学・明治大学に収蔵されている。

指定

地域の約8割が遺跡地に指定されている

アクセス等

参考文献

  1. 大阪市文化財協会(1984)『発掘された大阪』大阪市立博物館
[弥生時代]

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