蛇穴山古墳
2026-01-18


古墳の築造に際し、異なる基準尺(造営尺)が使い分けられた、あるいは結果的に混在した可能性については、前期から中期の大型前方後円墳や、特殊な構造を持つ古墳を中心に一部研究者によって指摘されている。中国の漢代から晋代の尺度(漢尺・晋尺)や、朝鮮半島経由で伝わったとされる「古韓尺(こかんしゃく)」が用いられているとされ、設計箇所によって異なる尺度が結果的に用いられていると解釈される事例がみられる。いわゆる「古韓尺(こかんしゃく)」は、実測値が文献的に確定している尺度ではなく、考古学的計測から推定された仮称となっている。たとえば誉田御廟山古墳については、円部の直径や前方部との比率に古韓尺的な尺度が認められ、墳丘全体の基本寸法やテラス幅には魏尺・晋尺系の尺度が用いられていると解釈する説が提示されている。3世紀から4世紀にかけては、魏・晋系の尺度や古韓尺的尺度が併存していた可能性が高いと考えられている。古墳時代の早期段階では、設計技術や尺度体系が完全に制度化されておらず、複数の伝統的・外来尺度が併用された可能性がある。これは設計思想および造営技術が制度として確立される過程における過渡的状況を反映している可能性があるのではないか。 しかし蛇穴山古墳は7世紀後葉から8世紀初頭頃の築造と推定されており、前期古墳にみられる設計尺度の過渡的混在という説明を、そのまま当てはめることは難しい。この時期にあえて高麗尺と唐尺という異なる基準尺が用いられた背景については、設計思想の継承、造営技術集団の系譜的連続性(復古的要素、渡来系技術者の関与)、あるいは象徴的・儀礼的意味を含め、今後なお検討を要する課題である。

規模

葺石

遺構

遺物

築造

展示

指定

アクセス等

参考文献

  1. 前橋市教育委員会(1976)「蛇穴山古墳調査概報」
  2. 橋市埋蔵文化財発掘調査団(2010)「蛇穴山古墳・宝塔山古墳 総社公民館建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書」
  3. 前橋市教育委員会(2023)「総社古墳群範囲内容確認調査報告書U」

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